■ 原子スペクトル分析の環境分野への応用
■ 吸光光度法でのLambertーBeer(ランベルト・ベール)の法則について
目的物質の濃度を「光で測る」ときの基本原則が、ランベルト・ベールの法則です。吸光度が濃度と比例するというものです.吸光度の定義は、
吸光度 = log{(入射光の強さ)/(透過光の強さ)}

です。ここでは微分方程式からこの法則を導くのではなく、実際に数値を入れて計算する方法で理解を深めましょう。光を透過させると、光は減衰します。「減衰量は、光路長と濃度に比例する」ことから、図では、光路長を4 cmに固定して計算しています。濃度が4段階で、そのときの光の減衰が、1 cmあたり5%, 10%, 15%, 20%であるとします。それぞれの透過光/入射光の値は、光強度にして81.87/100、 67.03/100、 54.88/100, 44.93/100です(図を参照してください)。
いま、未知の試料を同様に計測して、光強度が60/100であったとすると、ln(100/60)/4=0.128、すなわち、光の減衰が1 cmあたり12.8%の濃度に相当することになります。
吸光度を計算するときは、自然数を底とするのではなく、10を底とする常用対数を使用します。両者は比例しますので、意味は同じことです。吸光度=「透過率の逆数の対数値」というと、難しそうに聞こえますが、この図を思い浮かべて計算すると理解が深まると思います。
この件については、研究論文はありません。
■ 原子吸光法での水素化物発生法について
原子吸光法は、ランニングコストが安く迅速な分析ができます。アセチレンと空気のフレーム原子吸光法がもっとも汎用性があります。しかし、As, Se, Sbなどの半金属類は「アセチレンー空気のフレーム」では感度が極度に低くなります。その代わりに水素化物を生成して気相で試料を導入すると、とても高感度に分析できることがわかっています。
最も単純な装置を下図に示します。試験管内で水素化物を発生させて、これを加熱した石英管に送り込むというものです。実際に河川水中のアンチモン調査などでこの装置で分析をしていました。
この方法の利点は、感度が高いことと、汚染に強いことです。環境試料の場合、しばしば、共存物質による水素化の妨害が起こります。装置が単純なため、復旧が容易なことは、とても強みになります。
■ 原子吸光法での水素化物発生/パージトラップ/ガスクロマトグラフ法について

こちらは、先ほどの単純な水素化物発生法よりも、かなり複雑です。1980年代に有機スズ化合物の分析のために開発・使用していたものです。
水中の無機スズ、有機スズに水素化ホウ素ナトリウムを作用させて揮発性の水素化物に変換し、それをヘリウムガスで水からパージし、液体窒素トラップに浸したW字管(ガスクロマトグラフの分離カラム Chromosorb W AW-DMCS OV-1 3%を後半のU字の部分に充填している)に捕集します。その後、W字管に巻き付けたニクロム線に通電し、徐々に昇温することでクロマトグラフィックにW字管からパージされます。その水素化スズを水素-空気フレーム石英管原子吸光光度計に導入して、スズ量をするというものです。
まず、揮発性の水素化物がとても不安定な物質なので、それを分解させることなく、W字管から放散することが困難でした。水素化物と同時にW字管に送り込まれる水蒸気と水滴が分離カラムの表面を活性化させ、水素化スズの吸着と分解を招きました。水滴が充填剤に染み込むことを避けるため、W字管を考案するに到りました。
水素化スズの原子吸光分析も特殊でした。600oCの石英管にヘリウム、水素、空気を流し込み、管内で還元的な炎を生成するというものです。継続して燃えているときは問題がないのですが、点火と消火の時に、水素ガスの爆発が起こることがあり、ときどき怖い思いをしました。それだけが理由ではないと思いますが、このシステムは商業化されることはありませんでした。
現在、環境中での有機スズの分析は、有機相に転溶後、誘導体化・GC-MS分析というのが一般的だと思います・しかし、この目的(1 〜50 μg/Lの水中のトリブチルスズとジブチルスズを20分で定量する)には、とても有効な方法でした。
■ 大気圧バリヤー放電を用いたハロゲンの原子発光分析
ヘリウムの有効性
ダイオキシン類の制御をするためには同時モニタリングが有効です。燃焼系でのダイオキシン類の生成は未燃炭素の塩素化ですから、副生成する有機塩素群を調べればよいと考えます。「有機塩素化合物の塩素量を迅速に高感度に測る」ことから、塩素の原子スペクトル分析を手がけることになりました。
原子スペクトル分析で代表的なICP-OESはアルゴン(Ar)プラズマを使用します。Arのイオン化ポテンシャルはNaやCuのそれよりもはるかに高いため、それらを励起・発光させることができるのです。
しかし、Arのイオン化ポテンシャルは15.76 eV(準安定準位では11.5〜11.7 eV)なので、イオン化ポテンシャルが13.0 eVのClを励起するには不十分です。Fを励起することはもはや不可能です。
一方、Heはイオン化ポテンシャルが24.6 eV (同 20.6 〜21.0 eV)であり、4種のハロゲン元素全てを励起することができます。
大気圧バリヤー放電
ヘリウムをプラズマ状態にするために高電圧を加えて放電させます。2枚の電極のうち片側を接地し、高電圧側に高周波も正負高電圧を加えます。この中にヘリウムガスを通じると放電します。
ただし、ガスと電極の間に誘電体(絶縁体、バリヤー)を挟むことで、電極に電子やイオンが直接吸い込まれることはありません。ガスと電極が直接接触すると、電極の一部に電子が集中して吸い込まれ、温度が上昇し、放電が不安定になります。面放電で安定化させるためにバリヤー放電をするのです。
サンプルのヘリウムガスを放電管に供給し、放電部分を通過し、放電管から流出します。この放電管内部でF, Cl, Br, Iが励起され発光線を出します。この光を測光します。
測光
プラズマからの発光線は、CCDつきスペクトルメーター分光・定量されます。図の通り、放電管の先端から発せられる光をend-onで光ファイバーに取り込み、これを、スペクトルメーターに接続します。発光線のスペクトルから原子の存在量を定量します(F, Cl, Br, Iの発光線はこちら こちらはpng)。
装置の写真
装置の全容写真を掲載します。写真では放電の様子がよく見えるように、放電管を石英ガラス管とし、横置きにレイアウトしています。実際に使用する装置では、ヘリウム吹き出し光を下に向けた鉛直のセラミック管を使用しています。
環境分野での原子スペクトル分析の開発と応用に関する講演をまとめたもの
■ ごみ焼却での有機ハロゲンモニタリングに関する研究

やっと本題に入ります。ごみ焼却でダイオキシン類が生成することと、その生成の勢いは焼却の管理と関連が強いことがわかってきました。未燃炭素分が多いほど、煙道の汚れが多いほど、金属類の活性が強いほど、ダイオキシン類が生成しやすく、その様子をモニタリングすることがハロゲンを原子スペクトル分析で定量する目的でありました。
有機塩素の生成経路は、炎の中で生成する経路と、燃焼後のガス冷却部分で生成する経路の2通りがあると考えられています。下の図は、その様子を表したものです。

まず、定常状態での煙突出口付近での排ガス中のダイオキシン類と低揮発性有機塩素との相関を見てみましょう。低揮発性有機塩素とダイオキシン類の相関があることが読み取れます。ただし、有機塩素のモニタリング自体が毒性の情報を含んでいないため、毒性等量との相関は、実測濃度とのそれよりも低くなります。
つぎに、連続モニタリングをするときのダイオキシン類とのタイムトレンドを見てみましょう。焼却開始時の排ガス中のダイオキシン類と揮発性有機塩素を連続モニタリングしたものです。ダイオキシン類の増加と減少をこのモニターで観測することができます。
しかしながら、ダイオキシン類だけにターゲットを絞ると、揮発性の有機塩素を調べる手法では、完全一致得ることは困難でした。理由は、ダイオキシン類は半揮発性(SVOC)であり、一方で、揮発性の有機塩素(VOC)はもっと揮発性の高い物質までを見ているからです。
ここで化学物質の揮発性を分類する用語として、広く使われている区分けを紹介しておきます。1987年にWHO(世界保健機構)が室内環境に関するレポート*で定義した分類が標準となっているようです。
VVOCs(very volatile organic compounds) 沸点 <0 to 50-100 oC
VOCs(volatile organic compounds) 沸点 50-100 to 240-260 oC
SVOCs(semivolatile organic compounds) 沸点 240-260 to 380-400 oC
です。
WHOが定めた区分けにUSEPA(米国環境保護庁)も従っています。ここでこんなことを書くのは、この研究を始めた2000年頃、私自身が不勉強でこの用語の定義を知らなかったため、論文投稿の際に自分で「低揮発性(low volatile)」という言葉を勝手に作ってしまい、恥ずかしい思いをしたからです。その頃は、インターネットで文献調査をするなど、考えてもおらず、図書館で学術雑誌をひもといて読んでいました。
* World Health Organization, 1989. "Indoor air quality: organic pollutants." Report on a WHO Meeting, Berlin, 23-27 August 1987. EURO Reports and Studies 111. Copenhagen, World Health Organization Regional Office for Europe.
■(細かいことかもしれないけれど)ガスの洗浄に関すること
有機ハロゲンを計測するためには、HClやCl2などの無機ハロゲンを除去し、また、水分を取り除かなければなりません。通常、これらの成分は、ガスと水(0.1 M NaOHや0.3% H2O2を使うことが多い)を接触させて水に溶解させます。一般的に使われているものは、図の左の方式のインピンジャーもしくはバブラーです。しかし、私たちの実験室では、これらのインピンジャー・バブラーよりも、右にある形式の吸収管バブラーを多用しています。理由は、ガスと水の接触時間が長いからです。吸収速度が著しく速いHClの場合にはいずれの方法でも問題はないのですが、Cl2のように水中で0.5 Cl2 + H+ 2e- --> HClのように化学反応をさせて捕集する必要のあるものについては、水と接触した後にある程度の滞留時間を経てからもう一度接触させる方が吸収効率がいいからです。
ここであまり詳しく書いても読んでもらえません(別のページでしつこく書くことにします)。端的に書くと、HClは容易に水に溶けて除去できますが、SO2<Cl2<CO2の順で取り除きにくくなります(CO2を水で吸収することは意外と難しい)。また、ジクロロメタンやクロロフェノールなどのように、水溶性のある有機物は、一部が吸収され、残りが気相へ出て行きます。定量的な予測は大変難しいのです。
■有機ハロゲンの熱化学的な分解
作成中