
月と六ペンス
工学部 環境工学科髙山 成 先生推薦
モームはイギリスの小説家・劇作家である。聞くところによると大変な皮肉屋であったらしい。そんな彼が1919年に発表した「月と六ペンス」は空前のベストセラーとなった代表作である。実は工大図書館からこの原稿依頼を受けた時かなり悩んだ。私にも皆さん同様若く多感な時代があり、陰鬱な受験勉強から解放され晴れて大学に入学したら読んでみたい本があった。実際、無事大学に入学して図書館でお目当ての小説を見つけ、借りて読んだ時の解放感と感動といったらそれはもう格別だった。しかし、具体的にその時に読んだ小説の何に若い私は心揺さぶられたのだろう?今となっては記憶も断片的で上手く説明できそうにない。そんなおじさんが大上段から「君に薦める・・」なんて書くのもひどく恥ずかしい。そういう訳でここはわが息子殿(大学3年生)に選書を頼むことにしたのだが、彼が選んだのはなんと100年以上前に書かれた本書であった。
平凡な株式仲買人チャールズ・ストリックランドは絵を描くことへの狂気的な執着に取り憑かれ、40歳になって妻子や安定した生活それまでの全てを捨てる。物語は若い小説家である「私」がそんなストリックランドの一生に様々なきっかけで触れ、断片的な情報から人間としての彼を理解しようとするという形で進む。この「私」はモーム自身、ストリックランドは画家のゴーギャンがモチーフであると言われるが、あくまでモチーフであって伝記的小説などではない。大学生の息子にとっては、読み終えてから四年ほど経過した現在においても鮮烈に印象を残している作品であるそうだ。それは周囲の人間の人生をも破壊していくストリックランドの破滅的な生き方や人間性が、一般的な社会規範から到底受け入れられるようなものでなく、感情移入したり展開に納得したりすることが少なかったからで、読むべきではなかったかもしれないと考えたほどであったそうだ。
訳者もあとがきで書いているが、本作は恋愛小説でもなく冒険小説でもなく壮大なロマンスでもない。まして気の利いたミステリーでもない。しかし、一気に読者を引き込んで最後まで放さない魅力と迫力がある。今回改めて読んでみて私もまったく同感、一気に引き込まれてしまった。切れの良い台詞の応酬で登場人物の立場や個性を際立たせる構成、登場人物の絡ませ方や挿話の入れ方などはさすが劇作家と思わせる。本作から20代の息子は「信念とそれを霞ませるもの」を感じたようであったが、50代のわたしには本作がもっと人間を根源的に突き動かす「衝動」や「本能的ななにか」をテーマにしているように感じられる。人生の経験を少し積んで改めて読み直した時、また新しい鮮烈な印象を与えてくれるよい小説であるように思う。
請求記号・資料ID
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