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研究室VOICE 文学は「じわじわ」役に立つ

工学部

Profile

工学部総合人間学系教室〔語学〕

尾田 知子講師

尾田講師室

【写真1】J. D. サリンジャーの小説『キャッチャー・イン・ザ・ライ』原書と日本語訳。
 「文学は就職に役立ちますか?」これは、英語圏の文学を専門に研究する私に対して、学生のみなさんからこれまで多く寄せられてきた問いです。この問いの背景には、「理系の勉強と比べて文系の勉強である文学研究は役に立たないのではないか」という固定観念のようなものが見え隠れしているような気がします。しかし、私はいつも次のように答えます。「文学は就職にも、就職後に社会人として働く上でも、大いに役立ちますよ。」
 
 文学とは、詩、小説、演劇など、言語で書かれた作品のことです。多くの場合、架空の人物や設定のもとで繰り広げられるフィクション(虚構)です。それでも、文学作品は多かれ少なかれ、それが書かれた当時の文化・経済・社会的状況から着想を得て書かれています。したがって、文学は過去と現在をつなぐものであり、それを読めば、歴史・社会・文化に触れ、人々の声を聴き、生きざまを目にすることができます。
 
 そういう意味で、文学は、現代社会で生きていく上での教訓になります。実社会で心身が疲れてしまった時の癒しや、再び立ち上がるための原動力にもなります。あるいはそうした「壁」に直面する自分を丸ごと受け入れて生きていくための糧を与えてくれもします。
【写真2】学生時代に留学したイギリス・ロンドンの街。
「文学は就職にも働く上でも役に立つ」と私が思う理由は以上の点にあります。つまり、楽しいことや楽なことばかりではなく、たくさんの苦しいことも待ち受けている現実社会をどうにかサバイブするために役立つのです。
 
 ただし、文学の「役立ち方」は、例えば何か小説を読んだらその内容が就職試験に出てくるなど、「読んですぐ役立つ」種類のものではない場合がほとんどです。けれども、読書を通じて「こういう考え方もあるのか」、「こういう人もいるのか」と学んだり感じたりしたことは、みなさんの心に刻まれ、「知」として蓄積されていきます。その「知」は、日常生活のふとした瞬間に突如思い出され、それ以降、当たり前だと思っていたことを異なる観点から見ようとしたり、気の合わない人と何とかうまくやっていこうとする気持ちになったり、みなさんの人生を少しずつ豊かで前向きにしていく種類のものではないでしょうか。このように、後から「じわじわ」効いて、価値転換のきっかけを与えてくれるのが、文学であると私は思います。
【写真1】J. D. サリンジャーの小説『キャッチャー・イン・ザ・ライ』原書と日本語訳。
私が専門的に研究している文学作品の一つであり、長年の愛読書でもあります。この小説では、「主流」かそうでないかで人々の間に分断が生じる現実社会にどうしても適応できない主人公が、その苦悩を必死に語っています。日本語訳は本学の図書館にも所蔵されています。
 
【写真2】学生時代に留学したイギリス・ロンドンの街。
英語の環境に身を置くことで、自らの英語運用能力が向上したのはもちろん、世界各国からやってきた友人たちが話すさまざまな種類の英語(World Englishes)を耳にすることで、言語や文化の多様性について考えるきっかけとなりました。