
視えないものが視えるようになると、物事の理解が一気に深まります。たとえば、打撲かと思って病院に行き、レントゲンを撮ると、実は骨が折れていた、といった経験をしたことのある人もいるでしょう。お医者さんにレントゲン写真を見せられてはじめて、「骨折している」という原因を特定することができ、その後状態に応じた適切な処置が可能になるわけです。これと同様のことが、工業分野でも存在します。

私が専門とする溶接の分野では、溶接現象が高温下(2000ºCくらい)で行われることや、板の内部に溶接部が形成されることなどから、「溶接現象を直接的に観察(あるいは計測)できない」ため、溶接がうまくいかない原因を特定できない、といったことが起こります。そこで、溶接のお医者さん(研究者)である私の出番です。溶接時に生じている現象を「視える化」することで、溶接がうまくいかない原因を突き止め、うまくいく方法を考えます。
私はこの「視える化」を用いて、日本有数の放射光施設「SPring-8」で溶接現象の研究を行っています。自動車の製造には、抵抗スポット溶接という技術があります(図1)。抵抗スポット溶接とは電極で板を挟んで溶接を行い(図2)、板の「内部」に溶接部を形成する技術です。溶接部は外から見ることができないため、不具合が生じた時にその原因を明らかにすることができませんでした。そこで私は、溶接中に溶けた金属が流動する様子から溶接部が形成される過程を視える化して、そこから不具合が生じるメカニズムを明らかにしようとしています(図3)。この研究が達成されると良いことがいくつかありますが、その一つは溶接をする時の条件設定(電流値など)を最適化できることです。視える化前は溶接部が形成される過程を想像(あるいは予測)して溶接条件を決めていたのに対して、視える化後は撮影した画像や動画に基づいて、溶接部を形成するための最適な溶接条件を決めることができるようになります。さらに、視える化することで新しい物理現象が明らかになることもあるので、視える化は技術の進歩に不可欠であると言えます。

視えないものが視えるようになるということは、それだけで世界を変えてしまうくらいの価値があることだと私は考えています。一方で、視えたものをどう解釈するのか、というのは、視る人の能力に関わってきます。そのどちらが欠けても、新しい技術を生み出すことは難しいでしょう。つまり、技術の進歩のために、我々人間も機械に負けないように賢くならないといけない、いうことですね。皆さんも大学でいっぱい勉強して、たくさんの視る目を、そして物事を解釈する力を養ってくださいね。
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